1995年5月11日南宇から桂林へ移動

1995年回想旅行記

桂林へ!

桂林へ電車で移動。早速、明日の川下りツアーの予約をした。

旅の情報収集

中国の後は香港に行く。
香港にいた日本人旅行者から、お勧めの宿を聞いてメモ。

中国とは全く関係ない情報。日本人旅行者から、香港でお勧めの宿を聞いてメモしてもらったようだ。

これも香港の情報だ。

100元→90元、という下記の記載は、シングルルームを10元安くしてくれ、という値段交渉したときのメモだ。

シングルルーム、100元を90元にしてくれ、という値段交渉。

今日の費用 6,100円

回想

宿の予約サイトは無い。だから、新しい土地に行って、初めにやることは、宿の確保だ。いかにも安そうな宿がありそうな道をウロウロする。候補の宿を決める。宿のフロントで部屋が空いているか聞き、空いていれば価格を確認し、既に安い値段から、さらに安くしてもらう。他にも候補の宿があれば行き、合い見積もりで安い方に泊まる。(といっても、超貧乏バックパッカーではなかったので、常に最安値というわけではなく、居心地も考慮したのだが。)僕は、宿代10元下げてくれなどという交渉をしていた。当時のレートで10元は100円、2024年現在のレートでも、約200円。定価では納得しないでまずは交渉するというのが習慣だった。フロントでの面倒な交渉を、当時僕は結構楽しんで交渉していた気がする。

桂林に移動する日まで、印鑑作ってもらっていた。
南宇の街中に、印鑑の手彫師がいた。日本のバイト仲間への良い土産だと思い、作った。安価、日本には無いユニークなデザイン、小さくて軽い、しかもハンドメイドで名前入りの一品、この土産が最高だと考えたのだろう。因みに40個くらい作ったのだが、その内、5個くらいは不良品だった。中国では受け取り時に、ちゃんと検品が必要なのだ。これは、僕が中国に住んだ時にも気を付けていたことだ。

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